おーたむの人生表

東京都生まれ。
生年月日は個人情報なので非公開にしました。

【保育園時代】
記憶がほぼ無い。

【小学生時代】
・1年生
保育園時代からの友達がいない状態で入学。
めちゃめちゃ人見知り人の輪に入れず。
家でポケモンばっかしてたと思う。
・2年生
相変わらず人の輪に入れず。
一応少しは友達いたけど基本ボッチ。
休み時間は絵を描いていた。
・3年生
クラス替えで新しい友達ができた。
友達と外で遊ぶこともあったけど、運動が苦手すぎて友達とスポーツする時に足手まといにしかなってなかったのでウザがられてた感じがする。
体育が出来なすぎて自己嫌悪に。
理科が好きになり、電池やモーターでよく遊んでいた。
・4年生
空気読めなすぎてクラスメイトから変人扱いされていた。
電気実験や結晶作りや工作とかしていた。
あとポケモンばっかりやっていた。
・5年生
クラス替えでいじっめっ子と同じクラスになり地獄期へ。
しょっちゅう殴られたり蹴られたり罵倒されたり私物を壊されたりしていた。
ストレスのせいか体調を崩しがちになってよく保健室に通っていた。
同級生から嫌われているので近所の年下の子と遊んでいた。
・6年生
学校では常にいじめられたりハブられていた。
学校でクラブに入らないといけないのだが、どこも定員オーバーで入れず、定員の無い音楽クラブに入ることに。
全く楽器が弾けないのに人前で演奏させられてトラウマになる。
ダメな自分を変えたいのに変えられない自分のことが嫌いだった。
年下の子と遊ぶか、家でポケモンばっかりしていた。
家にインターネットが通ったのでフラッシュ倉庫を見たりしていた。
試薬に興味を持ち、パソコンで調べたり中学校の参考書を読んだりしていた。

【中学生】
・1年生
いじめは小学生の時ほどではなくなったが、クラスメイトからは馬鹿にされていた。
話し相手が全くいないので空気のような存在だった。
数学と英語が苦手になる。
理科も物理のような計算は苦手に。
友達と外で遊ぶことが一切なくなり、家で工作したりマンガを描いたりしていた。
あとポケモン。
工作物を学校に持っていって先生に褒められたりしていた。
話し相手は先生だけだった。
・2年生
いじめが再発。いじめ主犯は小学生の時と同じヤツ。
体育の授業で足手まといになりすぎて罵倒されまくり、見学するようになる。
内申に響くので授業に出ないといけないが、出ると罵倒されるという地獄。
数学と英語が平均点を下回るようになる。
友達もいないし運動もできないし、唯一マシだった勉強もできなくなって自分には生きてる価値がないと思うようになる。
部活に入るように言われたが科学部がないのでやりたくもない将棋部に入って幽霊部員に。
親の影響でKinKi Kidsにハマる。
自分も音楽を作ってみたいと思うようになる。
不器用な自分に楽器は無理だと分かっていたのでパソコンでDTMを始める。
・3年生
いじめがエスカレートして人生で一番つらい時期だった。
本気で死にたいと思って楽な死に方を調べたりしていた。
結局死ぬ勇気もないので死ななかった。
何やってたかあんまり覚えてない。
たぶん毎日死にたいと思ってたんだと思う。

【高校生】
・1年生
偏差値55ぐらいの高校に入った。
いじめっ子がいなくなったので平和になった。
どうにか友達を作ろうと頑張っていたが、「自分みたいなゴミが話しかけるのは迷惑じゃないか」というブレーキがかかっていまいちクラスに馴染めない。
またしても科学部がないので仕方なく美術部に入部。
美術部は自分以外全員女子なので孤立していた。
美術部とは名ばかりでほぼ漫研だったが当時あんまり漫画やアニメに詳しくなかったので全く話についていけず。
部活なので何かやらないといけないなと思って水彩画で風景を描いたりしていたが別に描きたくて描いてたわけではない。
・2年生
クラスには馴染めないが馬鹿にしてくるような人もいないので一人で平和に過ごしていた。
先生から呼び出されて「もっとみんなと仲良くしよう」と言われたりしていた。
出来ないものは仕方ない。
「ハヤテのごとく!」にハマって若干オタク化が始まる。
友達と出掛けることは一切無く、学校に行く以外は完全に引きこもりだった。
家で作曲したりギャグマンガを描いたりしていた。
東急ハンズで実験器具をいくつか手に入れて、身近な薬品を色々混ぜたりして遊んでいた。
当時ネットで販売されている試薬がほとんどなかったので(もしくは見つけられなかった)、あまり出来る実験がなかった。
バイトもしてないしお小遣いももらってないので買えるものもあまり無かった。
・3年生
数学と英語があまりにも出来ない。
化学が好きなので理系に行きたいが数学と英語ができないのはキツすぎる。
化学の次に得意なのは日本史だった。
金銭的な問題で国公立を目指すも全く歯が立たず。
特に行きたい大学があるわけでもないのでモチベーションも無くダラダラ勉強していた。
どうしていいかわからないまま1年を過ごした結果、大学に落ちまくる。
浪人して行きたい大学もないし親も許してくれないので結局偏差値50ぐらいの私立大学に入学。

【大学】
・B1
自分を変えるなら今しかないと思い、まわりの人に話しかけまくって友達ができた。
何人かの友達とつるんでいたが、自分はただみんなについていくだけみたいな感じだった。
友達の中にアニオタがいて、アニメや漫画を色々勧められて段々アニオタ化していった。
ボカロを買って、ニコ動にいくつか曲をアップし始める。
友達からポケモンの厳選を教えてもらい、ポケモン廃人となる(BW)。
大学で実験ができるので家で実験しなくなった。
・B2
オタク系の友達としかつるまなくなった。
ニコ動でボカロが流行っていた時期で、ボカロばっかり聴いていた。
自分でも曲を作って投稿するも再生数数百ぐらいしかいかず、コメントでもダメ出しばかりされて自分に作曲の才能がないことに気付き、しだいに投稿しなくなる。
「いい加減バイトしろ」と親からキレられる。
いくつかバイトに応募するもコミュ障すぎてどこにも雇ってもらえず。
バイトすら出来ない自分は将来絶対ニートになると思い、焦り始める。
なんとか小さな塾でバイトが出来ることになったものの、生徒から馬鹿にされまくっていた。
大学では成績トップで特待生になり、学費が2/3ぐらい免除になった。
とはいえ全額免除ではないので追加で奨学金を借りていた。
大学では頭いいキャラとして扱われるようになった。
(偏差値50の学科のトップなのでそんなにすごくはないが)
・B3
友達もいるし成績は学科でトップだし、学校生活は順調だった。
だが就職できそうにないのが不安だった。
コミュ障でもできる仕事はないのかと調べていくうちにネットビジネス・アフィリエイトといったものに出会う。
めちゃめちゃ怪しかったが、もうこれしかないと思い、サイトの作成方法を勉強し始めた。
自分がネットで発信できるものは化学しかないので、高校化学解説サイト「みくあす化学館」を開設。
毎日記事を書いて広告を貼るも収入は月に数百円だった。
・B4
研究室に配属される。
研究室の人間関係があまりよくなくて、先輩をイライラさせないように常に気を遣っていた。
研究自体は運良くすぐに結果が出て秋ぐらいには卒論が完成していた。
院進する予定だったのでさらに研究を進めていた。
教職を取っていたので教育実習に行ったが、担当教師にボロクソに言われて教師の道を諦める。
就職できる気が全くしないのでサイトビジネスの塾に入ることに。
だがその塾で「今の性格を真逆にしないと生きていけない」と全人格否定されて、偽りの自分を演じるようになる。
その甲斐もあってかこの辺りで初めて彼女ができた。
・M1
毎日研究していたが博士課程に行く気は無かったので割とダラダラやっていた。
将来役に立たないことをやっても意味がない思い、絵と作曲とポケモンを全てやめてサイトビジネスに注力するようになる。
教材販売で月に5万円ぐらい稼げるようになった。
当時ネットで稼ぐというのは全く知られておらず、怪しいことを始めたと思われて友達から距離を置かれるようになって彼女にも振られた。
・M2
早く生活できるぐらいに稼げるようにならないといけないと思ってかなり焦っていた。
いままで学んだ執筆スキルを活かしてライターや記事添削のバイトを始めた。
塾で知り合ったビジネス系の意識高い人達とつるむようになってから段々と人に話しかけることが怖くなくなって人見知りが改善していた。
これならもしかしたら就職できるのではないかと思って就活を始め、内定をゲットできた。
この頃は友達の誘いを断って研究と仕事しかしていなかったので友達がいなくなった。

【社会人】
生まれてからずっと東京に住んでいたが仕事の関係で静岡に引っ越し。
就職できたのでサイトビジネスはあまりやらなくなっていった。
しかしホワイト企業にもかかわらず仕事が自分に合わず鬱気味になり、別の会社へ。
たった1年ちょっとで静岡から東京に戻ってきた。
就職もできて、次の会社になってからメンタルが安定してきたので今までやめていた自宅実験・絵・作曲などを再開。
「おーたむ」名義でツイッターとYouTubeを開始。
サイトビジネス時代に培ったスキルを使ってサイト「みくあす令和ラボ」「みくあす製作所」を開設。
ツイッターで実験を色々載せているうちにバズったりしてフォロワーが増えていった。
今は平日は会社で働きながら、家で実験をやって投稿したり、時々市岡元気先生のラボにお邪魔して実験をしたりしている。
→現在に至る。

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